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グローバリズムとナショナリズムのジレンマを超克する和文化教育の構築

第2次世界大戦後の日本は、民主主義社会の建設と資本主義社会としての経済的成長によってグローバル世界において重要な役割を担う国家として発展してきました。今日では持続可能な国家と世界の発展を意図して、SDGsも含めてグローバル世界における諸課題に対する教育が求められています。このような社会的動向に対して、日本では「グローバル世界における日本人形成」が重要な教育目的とされています。その動向として戦後日本の教育方針を定めていた教育基本法が、平成18年12月に改正され、「我が国の伝統と文化を基盤として国際社会を生きる日本人の育成」の教育目標が明記されました。この教育基本法改正を踏まえ平成23年度から順次、学習指導要領に基づく教育が実施されてきている。これらの新学習指導要領に基づく教育課程においても「伝統や文化に関する教育の充実」が重視されています。このような教育動向において自国のアイデンティティー形成を意図する伝統文化教育の強化が図られます。しかし、自国の伝統文化教育に基づいてアイデンティティー形成が強化されると偏狭な自国中心主義の教育に陥ります。また、自国のアイデンティティー形成なしにグローバル世界への関与を図る教育は難しいです。このジレンマへの対応が、伝統文化教育とも関連する和文化教育の課題です。

他国の伝統文化教育は、中国・台湾・韓国などの教育課程において経済的発展と共に重視されてきている。これらの国々の伝統文化教育の性格は、グローバリズムとナショナリズムの狭間で動揺するよりもナショナリズムとしての国民形成に傾斜しています。さらに、米国・英国・仏国などにおいては多民族国家として各民族の伝統文化を踏まえた多文化教育等がなされていますが、グローバル世界の視野からの多文化の発信・交流・創造という教育は今後の研究課題です。このように国外の教育動向においても伝統文化教育とも関連する和文化教育が日本と同様に重要な課題になってきています。その意味で、「グローバリズムとナショナリズムのジレンマを超克する和文化教育をどのように構築するのか」が、学会の課題と言えます。

このグローバリズルとナショナリズムのジレンマへの対応として、これまでのような政治と経済の領域の重視だけでなく、それらの領域の土台になると共に、地域・国家・世界の社会的一員としての個人を結集し、社会創造を図る文化の領域に着目するのが和文化教育です。

① 日本の伝統文化の歴史的文化的価値だけでなく、グローバル世界の視野で過去・現代・未来の文化連関に基づき日本の伝統文化に内在する共有文化価値に焦点づける。具体的には、世界平和、基本的人権、ヒューマニズムの普遍的価値形成を理念とする。

② 日本の伝統文化の普遍的価値を持続的に創造する資質形成を意図する教育課程及び教材を開発し、その教育の意義と成果を国内外の教育研究の関係者及び機関と連携して活用評価する方法を基盤にする。特に、モデル和文化教材は、英語、仏語、 独語、スペイン語、中国語、韓国語の多言語の教材キットを開発する。

このような世界平和、基本的人権、ヒューマニズム等の普遍的価値に関連するグローバル世界の視野から日本の伝統文化を構築し、新たな日本の伝統文化の発信と創造を図る教育が、グローバル世界における役割遂行を担う人間形成を可能とする和文化教育の指針と言えます。この和文化教育学会では教育関係者の方々だけでなく、専門的に伝統的・現代的文化創造に挑戦をされている会員の方々も含まれています。本学会の活動を通して、コロナ感染の社会的危機状況においても個々の人間同志の交流が新たな和文化を創造されることを期待しています。

令和3年4月
和文化教育学会会長
中村 哲

本格的に和文化教育の研究と実践展開を

2000年12月に公表された教育改革国民会議(総理大臣の私的諮問機関)の「教育を変える17の提言」において、我が国の伝統や文化を尊重した教育を展開するために新しい教育基本法が必要であることが強調されました。私自身も委員の末席を汚し、またこの提言をまとめる企画委員会のメンバーを勤めたことで深い感慨があります。これを受けた形で中央教育審議会では特別部会を設置して審議し、その答申を受けて当時の与党である自民党と公明党が国会に教育基本法の改正案を提出し、当時の野党でもある民主党も与党案以上に我が国の伝統や文化を教育において尊重する対案を出して国会審議がなされました。

こうした経緯を辿って2006年12月22日から新しい教育基本法が施行されています。ここでは、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」ことが高らかに宣言されています。太平洋戦争の敗戦の後、60年余にわたる教育の歩みの中で不当にも軽視され無視されてきた我が国の伝統や文化が、やっと正当な位置に復したわけです。

新しい学習指導要領(幼小中は2008年3月告示、高は2009年3月告示)の特徴の一つも、「日本の伝統と文化」の重視であります。学校教育の現場において、日本の伝統と文化にきちんと向き合い、その継承発展へと努力する姿勢を身につけ、それを土台に多文化共生の人類社会の建設の向け日本人として積極的に参画する、という取組みが、今後とも一層重要な意味を持ってきます。

我々も従来から、こうした取組みを「和文化教育」の名の下に積極的に推進していきたいと念願して参りました。2005年4月には和文化教育研究交流協会の設立大会を開催し、今日まで、こうした「和文化教育」の意義と具体的な取組みの啓発・普及を図ってきたことを誇りに思っております。この協会を発展させ、理論的実践的な前進を一層図るため、和文化教育学会がこのたび設立されました。同じ志を持つ方々が結集され、更なる協力・協働が実現していくことを心から念願しております。

平成25年4月
和文化教育学会会長
梶田 叡一
(平成25年度~令和2年度)

このたび「和文化教育学会」が設立されることになりました。「和文化」を現代の立場から研究し、発掘し、これからの教育に役立てていこうというわけであります。そのために必要なことなら何でもやっていこう、という人々が集まってできた集合体です。その点については、どなたも意見を同じくしているのではないでしょうか。

しかし問題となるのは、いうまでもなく「和文化」ということの内容です。それというのも、ひとたび「和文化」とは何か、という問いを立てると、その答えはいく通りもできて議論が錯綜してくるからであります。

まず、「和文化」とは日本文化のことなのか、それとも日本の伝統文化のことなのか、という問題がでてくるはずです。日本文化である、といい切ってしまうと、当の「和文化」の枠組みを少々拡張しすぎたのではないかという気分になります、それでは、それは日本の伝統文化のことをいうのかというと、それではあまりに狭く限定しすぎるのではないか、という不安がよぎります。はてさて、どのように考えらたらよいのか。日本の伝統文化という場合は、「和」を内側に向けて純化する方向で考えようとしているのではないでしょうか。それにたいして、たんに日本文化と表記しようとする場合は、その「和」を外部世界にむけてできるだけ普遍化してみようとする気持がはたらいているのかもしれません。いずれにしろそもそも「和」という言葉には、そのような二つの方向性、換言すれば二つの可能性が含まれているように思うのであります。

もう一つ考えなければならないのが、「和文化」は「アジア文化」や「西欧文化」といったいどのような関係に立つ文化なのか、という問題です。そこからは「西欧文化」と対立する文化なのか、「アジア文化」の一部を形成する文化なのか、という問題もでてくると思います。これらの問題を考えていくこともこれからの重要な課題の一つではないでしょうか。その場合、私がすぐにも思いおこしますのが、「和魂漢才」とか「和魂洋才」といった、これまでよくいわれてきたきまり文句であります。少々手垢によごれたセツトフレーズのようにもみえますが、これはこれで日本の歴史や日本人の伝統文化を解釈する上で、結構便利な考え方、見方であったと思います。

ご承知のように、日本列島は千年のあいだ中国文明の影響をつよく受けてきました。その結果、自分たちの立場(和魂)を保持しながらも、中国から伝わったさまざまな文明の果実(漢才)を柔軟に受容し、血肉化してきたのであります。中国文明の恩恵を大きく受けながら、しかしみずからの文化伝統の魂は失わなかったという誇りを、その言葉はあらわしていたのです。同様にして明治維新以後は、百年のあいだわれわれは西欧文明の影響下にありました。しかしこのときの文明受容の態度もまた、和魂を手放してはならないという覚悟にもとづいていたのであり、その方向でわれわれは近代化、西欧化の道を歩んできたわけであります。和魂漢才にかわる和魂洋才の世紀を生き抜いてきたといってもいいでしょう。ところがその過程で生じたもう一つの重大な問題が「脱亜入欧」という近代日本が採用した路線でした。そのときわれわれは「和文化」をどのように考えていたのか、そういった難しい問題もでてくるでしょう。その意味では、「和文化」や「和魂」のテーマを、この「脱亜入欧」路線との連関の下に考え直してみることも必要になってくるかもしれません。

いずれにいたしましても「和文化」とは何か、という問題を追求していくためには、以上申し上げたような事柄も含めて調査と討議を重ねていくことになるのだろうと私は思っております。会員の皆様方のさらなるご支援とご協力をお願い申し上げる次第であります。

和文化教育学会
初代会長  山折 哲雄
(平成17年度~平成24年度)